【羽曳野市】ヤマトタケルの墓とされている『軽里大塚古墳(日本武尊白鳥陵)』には、羽曳野の由来にもなった白鳥伝説が残されています。
近鉄南大阪線 古市駅から徒歩12分ほど、大阪外環状線の近くに、日本武尊の墓とされている『軽里大塚古墳(日本武尊白鳥陵)』があります。
近鉄南大阪線 古市駅を西に進み、白鳥交差点を南に左折したところ、日本蕪村御陵参道の標識が見えます。
ここは竹内街道と呼ばれており、大阪府堺市から奈良県葛城市の長尾神社付近に至る日本最古の古代官道です。2017年には大阪で初めて日本遺産に認定されています。
竹内街道を進んでいくと、軽里大塚古墳の全貌とウォーキング・トレイルの看板が見えてきます。
さらに進んで行き左折すると、白鳥陵拝所の入口が見えます。
日本書紀などによると「日本武尊は遠征の帰り道、伊勢の能褒野(のぼの)で亡くなり白鳥となって大和琴弾原(ことひきはら)を経由して古市に飛来し、また埴生野の空を向かって羽を曳くように飛び去った」と伝えられ、羽曳野市の名前の由来となっています。
日本武尊が没した場所(三重県亀山市)、白鳥が一旦舞い降りた場所(奈良県御所市)、最後に降り立った場所(大阪府羽曳野市)のそれぞれにお墓が造られ、合わせて「白鳥三陵」と呼ばれています。ご興味のある方は一度訪れてみてはいかがでしょうか。
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